約 3,520,757 件
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/224.html
開錠技術の進歩 俺は作家じゃない。泥棒だ。盗むのは得意だ。文章を書くのは苦手だ。とにかく、錠前破りについて書く。前に、錠前の設計の本を読んだことがある。いい本だった。参考になることが、いろいろ書いてあった。 錠前の鍵穴が、傾いてるやつがある。いつも、曲がったピックを持ち歩くこと。そういう錠前には、曲がったピックがいい。俺はそうしてる、それでたくさん錠前を開けた。銅でできたピックを持ち歩くこともある。銅は曲げやすい。その場で、錠前にあった形に曲げられる。でも、銅のピックは壊れやすい。気をつけること。 錠前のばねにも、ときどき変なやつがある。全部が違うふうにはね返るから、開けるのが難しい。そういう時は、たいまつの火を錠前に近付ける。そしたら、錠前が熱くなる。熱くなったら、ばねは全部同じようになる。同じようにはね返るんだ。これをやるときは、火傷しないように気をつけること。 泥棒の中には、字が読めないやつもいる。字が読めないなら、誰か読めるやつにこの本を読んでもらえ。そしたら意味がわかる。 茶2 随筆・ルポルタージュ
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/270.html
氷とキチン プレティアス・スパテック 著 物語の舞台は第二紀855年、タロス将軍がタイバー・セプティムを名乗り、タムリエルの征服に乗り出した頃にさかのぼる。その配下の指揮官の一人であるイリオロスのビアティアは、皇帝と謁見した帰り道、待ち伏せにあって驚かされることになった。彼女とその警護に当たる5人の兵士はかろうじて難を逃れたが、本隊からはぐれてしまった。みぞれの降る荒涼とした崖の岩場を、彼女たちは徒歩で進んだ。襲撃があまりにも急であったため、鎧を着る暇も馬に乗る暇もなかったのだ。 「ゴルヴィグの尾根まで行くことができれば…」と、かすみの向こうに見える峰を指さしながらアスカタス中尉が叫んだ。その声は風にかき消されてようやく分かる程度だった。「ポルフナックに駐留させた軍隊と合流できるはずです」 ビアティアは岩だらけの地形を見渡し、風にさらされ霜に覆われた木々へと目をやり、首を振った。「こっちには行けないわ。山に着くまでの道を半分も行かないうちにやられてしまうもの。木の間から、敵の馬の白い息が見えるでしょう」 彼女はゴルヴィグの尾根とは入り江を隔てて反対側にある凍てつくネローン地峡の、天守の廃墟へと警護の者たちを導いた。突き出した岩の岬に建つそれは、スカイリム北部にある他の多くの見捨てられた城郭と同じように、アカヴィル大陸に対する防御用の盾としてレマン・シロディールが築いたものの名残だった。目的地に辿り着いて火を起こしていると、ダンストラーの酋長たちが立てる音が後方から聞こえてきた。ビアティアたちが今いる場所から南西の位置に敵がキャンプを張ったことにより、彼女たちの退路は海以外になくなった。ビアティアが廃墟の窓から霧に覆われた海を見つめている間、警護の者たちは天守の貯蔵品を調べて回った。 彼女は石を放り投げ、それが霧をわずかに引きずるようにしながら氷の上を跳ね、水しぶきを立てて裂け目に落ちるのを見ていた。 「食料も武器も見当たりません、指揮官殿」と、アスカタス中尉が報告した。「倉庫には鎧が積まれていますが、長く風雨にさらされてボロボロになっています。果たして使えるものが掘り出せるかどうか……」 「ここにいても長くは持ちこたえられない」ビアティアが答えた。「夜になれば我々が脆弱になることをノルドは知っているし、この古い天守では連中を寄せつけずにいることはできない。利用できそうなものをとにかく何でも見つけ出しなさい。氷原を渡って尾根に辿り着かなければいけないのだから」 少しの間、鎧の山を調べ、何かの断片を組み合わせたりした後、護衛の者たちはひどく汚れて擦り切れ、ひび割れた2着のキチン鎧を差し出した。長年の間にこの城に踏み入って物資を略奪したであろう冒険者や海賊の中で、最も誇りのない者でさえ、こんなキチンの皮には目もくれなかったのだろう。兵士たちはあえて鎧をきれいにしようともしなかった。こびりついたほこりが唯一の接着剤となって、鎧がバラバラになるのを食い止めているように思えたからだ。 「こんなものじゃ身を守れないだろう。むしろ足手まといになる」顔をしかめてアスカタスが言った。「暗くなってから氷の上を走ろうとしても……」 「ダンストラーの酋長たちみたいに待ち伏せを計画して実行できるぐらいの連中であれば、私たちの行動は予期しているはず。奴らが近づいてくる前に急いで行動に移さなければ」ビアティアは床に積もったほこりに入り江の地図を描き、城から海を通ってゴルヴィグの尾根へと続く半円の道を描き加えた。「あなたたちはこんな風に長い道を歩いて入り江を渡りなさい。岸から離れたところなら氷が厚くなっているし、身を隠すための岩場もある」 「指揮官どのはまさか残って城を守るつもりではありませんよね!」 「もちろん違うわ」ビアティアは首を振り、城から入り江を渡って向こう岸の一番近い場所へとまっすぐに続く線を引いた。「私はキチン鎧を身につけて、この経路で行ってみる。向こう岸に着いた時に私の声が聞こえず姿が見つからないとしても、待つ必要はない──そのままポルフナックに向かいなさい」 アスタカス中尉は指揮官を思いとどまらせようとしたが、敵の注意を逸らさなければ自分たちはゴルヴィグの尾根に辿り着く前に全滅するだろうし、ビアティアが敵の注意を引きつけるという自殺的行為を部下の誰かにさせるような人間ではないことも知っていた。指揮官を守るという任務を遂行するために彼が思いつく方法は一つしかなかった。自分も一緒に行くべきだという主張をビアティアに受け入れさせるのは容易ではなかったが、ついには彼女が折れた。 日は低くなっていたが夕焼けが大きく広がり、霊的な感じのする光で雪を照らしていた。五人の男たちと一人の女は、城の下の巨岩を滑り落ちるようにしながら岸に向かった。ビアティアとアスカタスはキチン鎧が岩に当たって立てるバリバリという鈍い音を痛いほどに意識しながら、慎重かつ正確に進んだ。指揮官の合図を受けて、鎧をまとっていない四人の男たちは、北に向かって氷の上を一目散に駆けた。 岬の天守から数ヤードのところにある、最初の隠れ場所となる尖った岩のところまで男たちが辿り着くと、ビアティアは振り返って頭上から敵軍の音がしないかどうか確かめた。何の物音もしない。まだ敵の姿はないようだ。アスカタスがうなずいた。兜の奥に見えるその瞳には恐怖の色はまったくなかった。指揮官と中尉は氷の上に足を踏み出し、走り始めた。 ビアティアが城の窓から入り江を観察した時、対岸までの最短経路は、何の特徴もない真っ白な氷が延々と続いているように見えるだけだった。実際に氷の上に立ってみると、それはさらに真っ平らで殺風景な場所に感じられた。薄く垂れ込めた霧はかかとの高さまでしかなかったが、彼らが進んでいくに従い、まるで自然の指先が彼らの存在を敵に知らせているかのように、彼らの姿は完全にさらされていた。ダンストラーの偵察者が笛を吹いて上官たちに知らせる音が聞こえてきた時、ビアティアはむしろほっとする気さえしたほどだった。 敵軍が向かってくるかどうかは振り返って確かめるまでもなかった。疾走してくるひづめの音となぎ倒される木の音が、吹きつける風に乗ってとても鮮明に聞こえていた。 部下の者たちが、視界から隠れているかどうかを確かめるために北の方角を一瞥したかったが、ビアティアはあえてそうはしなかった。自分の右側からは、遅れずについてくるアスカタスの激しい息づかいが聞こえていた。彼はもっと重い鎧を身につけることにも慣れていたが、長く使われずにいたキチン鎧の継ぎ目は脆く、しかも固く、無理に曲げようとすれば自然と息が荒くなるのだった。 尾根へと続く対岸まではまだ永遠の長さがあるように感じたその時、ビアティアは、敵が一斉に放った最初の矢が飛んでくる感触と音に気がついた。大部分は鋭い音とともに足もとの氷にぶつかったが、いくつかは彼女たちの背中に命中して跳ね返った。鎧を作ってくれたのが誰であれ、とっくの昔に亡くなったはずのその無名の職人に対して、ビアティアは静かに感謝の祈りを捧げた。最初の一斉放射に続いてすぐに第2波、第3波の矢が飛んできたが、二人は走り続けた。 「ステンダールの神様、ありがとう」と、アスカタスが息を切らしていった。「もし天守にただの皮しかなければ、今頃は串刺しになっていたはずだ。ただ望むらくは…… こんなにも固くなければ……」 ビアティアは自分の鎧の継ぎ目が固くなってきているのを感じていた。一歩進むたびに、足腰にかかる抵抗は強くなっていた。対岸に近づいていることは確かだが、走る速度がどんどん遅くなっていることもまた確かだった。氷の上を追いかけて迫ってくる敵軍の恐ろしげなひづめの音が、初めて彼女の耳に入った。滑りやすい氷の上で馬を操る者たちは慎重になっており、馬を全速力では走らせないようにしていたが、それでももうすぐ追いつかれてしまうはずだということをビアティアは知っていた。 古いキチン鎧には矢をいくつか跳ね返せるぐらいの強さはあったが、馬の上から繰り出される槍にはとうてい耐えられないはずだ。時間的にどれほどの猶予が残されているのかということだけが未知数だった。 アスカタスとビアティアが向こう岸の手前に辿り着いた時、それまで雷鳴のように響いていたひづめの音が止み始めた。岸辺には巨大な岩がのこぎりの歯のように並んでおり、それが敵の進行を妨げたのだ。二人の足もとで氷がため息をつくような音を立て、それからミシミシといいはじめた。じっと立っていることができず、かといって引き返すこともできず、二人は前に向かって走ろうとした。鎧の継ぎ目のくたびれた金属に無理に力を加えた反動で彼女たちは前方に倒れて2回跳ね、巨岩のほうへと飛んでいった。 最初に氷の上で跳ねた時、爆発のような亀裂音がした。立ち上がって最後のジャンプをしようとした時にはもう水をかぶっていて、薄い鎧の中に入ってきた水はあまりにも冷たすぎて逆に炎のように感じられた。アスカタスは、岩の深い切れ目に右手でしがみついた。ビアティアは両手でしがみつこうとしたが、彼女が選んだ岩は凍っていて滑りやすかった。顔を押しつけるようにして岩にしがみついている彼女たちは、振り返って敵軍の様子を見ることはできなかった。 それでも氷が裂けていく音は耳に届いていたし、恐怖におびえる敵兵の叫びも一瞬だけ聞こえた。だがその後は、すすり泣くような風の音と、ちゃぷちゃぷという水の音以外には何も聞こえなくなった。そして間もなく、頭上の崖から人の足音が聞こえてきた。 四人の護衛たちは入り江を渡りきっていた。そのうち二人が岩場のビアティアを引き上げようとし、別の二人がアスカタスを助けようとした。あまりの重さに音を上げそうになりながらも、どうにかして彼らは指揮官と中尉をゴルヴィグの尾根のはずれの安全な場所まで連れて行くことができた。 「いやまったく、軽装鎧にしてはずいぶん重いですね」 「そうね」疲れ切った様子のビアティアが微笑み、もう誰の姿もない割れた氷原を振り返った。彼女とアスカタスが走った2本の平行線から放射状にひび割れが広がっていた。「でもたまには、それも悪くないわ」 物語(歴史小説) 緑3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/193.html
タララ王女の謎 第2巻 メラ・リキス 著 彼女は何も感じなかった。暗闇が彼女の体と心を包んでいた。突然足に痛みが走り、その感覚とともに全身をひどい寒さが包んだ。彼女は目を開け、自分が溺れていることに気付いた。 左足はまったく動かず、右足と腕を必死に動かして頭上に見える月にむかって泳いだ。水流が彼女を水底におし戻そうとしたので長い時間がかかったが、やっとのことで水面にたどりつき、夜の冷たい空気の中に顔を出すことができた。そこからはまだカムローン王国の首都の岩だらけの海岸線が見えたが、彼女が海に落ちたキャヴィルスティル・ロックからはずいぶん離れていた。 落ちたんじゃない。彼女は思った。落とされたのだ。 彼女はしばらく、海流に流されるままになっていた。このあたりの海岸は海面からすぐ切り立った崖になっていた。前方の海岸の上に大きな屋敷の影が見え、近づいてゆくと煙突から出る煙や窓にうつる暖炉の火の光が見えた。足の痛みもひどかったが、それよりもこの水の冷たさは耐えがたかった。暖炉の火にあたりたい一心で、彼女は再び泳ぎだした。 海岸まで泳いできたが、陸に上がろうとして立てないことに気付いた。岩と砂の間を這い進みながら、彼女の目からは涙が零れ落ち海水と混じりあった。花祭りのための衣装だった白い布はぼろぼろに破け、鉛でできた重りのように背中にのしかかった。彼女はとうとう疲れきって前のめりに倒れ、すすり泣きはじめた。 「助けて!」彼女は叫んだ。「聞こえますか、お願い、助けに来て!」 すこし間があってから、屋敷の扉が開き、女の人が出てきた。花祭りで会った、ラムクという名前の老婦人だった。花祭りで、彼女が誰かわかる前に「彼女が来たわ!」と最初に叫んだのがこの老婦人だった。しかし、海岸に倒れた彼女のもとに近づいてくるとき、老婦人の目にその時の輝きはなかった。 「なんてことでしょう、怪我してるのね?」ラムクはささやき、松葉杖のように彼女を支えて立ち上がらせた。「あなたの衣装には見覚えがあるわ。今夜の花祭りで踊っていませんでしたか? 私は王様のご令嬢ジリア・レイズ様と一緒にそこにいたんですよ」 「知ってます。彼女が私たちを紹介してくれたんです」と、彼女はうめくように言った。「私、ダガーフォールのジャイナです」 「ああ、そうでした。見たことがあると思いましたよ」老婦人は笑い、彼女を支えて一歩一歩海岸を進ませ、屋敷へ導いた。「この歳になると、あまり新しいことを覚えておけないの。さあ、暖かいところへどうぞ。足の怪我をみてみましょう」 ラムクはジャイナの体から濡れた布を取り、かわりに毛布で包んで暖炉の前に座らせた。冷えた体が温まって感覚が戻りはじめると、足の激しい痛みが襲ってきた。その時まで、彼女は怖くて怪我を見ることもできなかった。やっと足に目をやったとたん、彼女は吐き気を覚えた。深い切り傷から魚肉のような白い肉が見え、はじけそうに腫れていた。動脈から血が泡をたてて溢れ、床に流れ落ちていた。 「ひどいわね」老婦人が暖炉のそばに戻ってきて言った。「痛いでしょう、かわいそうに。昔の回復呪文を覚えていてよかったわ」 ラムクは床に座り、傷の両側に手を置いた。ジャイナは焼けるような痛みを感じたが、痛みはすぐに軽くなり、ちくちくする感覚だけが残った。彼女が傷のほうを見ると、ラムクが傷の両側に置いたしわだらけの手を互いに近づけているところだった。手が近づくにつれて、ジャイナの目の前で傷が治り始めた。肉が互いにくっつき、腫れが引きはじめたのだ。 「優しいキナレス」ジャイナは息をのんだ。「あなたはいなければ死ぬところでした」 「それだけじゃないわ、きれいな足に傷が残らないようにしておきましたよ」ラムクは笑った。「ジリア様が小さかったころ、よくこの呪文を使ったものですよ。私はあの方のお世話係でしたから」 「そうでしたね」ジャイナはほほえんだ。「でも、ずっと昔でしょう。よく呪文を覚えてらっしゃいますね」 「何かを覚えようとおもったら、たくさん勉強して失敗を重ねないといけないものでしょう、回復の分野でも何でもね。でも、私ぐらい歳をとれば、思い出さなくてもよくなるの。知識が自分のものになるのね。それに、この呪文は本当に何千回も唱えたんですよ。小さいころのジリア様とタララ王女ときたら、いつも切り傷やあざを作っておいででしたから。王宮の登れるところにはどこでも登っておしまいになるんですから、当たり前ですよね」 ジャイナはため息をついた。「ジリア様をとてもかわいがっておられたんですね」 「今でもですよ」ラムクはにっこり笑った。「でも今はもうあの方も大きくなられて、あのころとは違います。ああ、そういえば、さっきはびしょ濡れだったからわかりませんでしたけど、あなたはあの方によく似ていますね。フェスティバルでお会いしたときに言ったかしら?」 「ええ」と、ジャイナは言った。「というより、タララ王女に似ているとお思いになったのでは?」 「ああ、あなたがタララ王女で、ここへお戻りになったのだとしたらどんなに素晴らしいでしょう」ラムクは声をつまらせた。「前の王家の人々がみんな殺されて、皆タララ王女も殺されたに違いないと言っていました。でも遺体は見つからなかったんです。一番の犠牲者はジリア様でしたよ。ひどくお心を痛められて、しばらくのあいだ、正気まで失っておられるようでしたもの」 「どういうことですか?」と、ジャイナはたずねた。「何があったのですか?」 「よそから来た方にお話していいことかどうか。でもカムローンでは皆が知っていることですし、あなたは他人のような気がしませんし… 」ラムクはしばらく迷い、やがて話しはじめた。「ジリア様は目の前で暗殺をご覧になったんです。私が見つけたとき、あの方は血の海になった王の間に隠れて、まるで壊れた人形のようなご様子でした。なにもお話にならず、なにも召し上がりませんでした。私は回復の呪文を唱えましたが、私の力ではあの方のお心を治すことができませんでした。膝の擦り傷とはわけが違ったのです。当時オロインの公爵であられたお父様は、ジリア様を田舎の療養所へ送ってそこで過ごさせることになさいました」 「かわいそうに」ジャイナは涙を流した。 「ジリア様がもとのジリア様に戻るまで、何年もかかりました」ラムクはうなずきながら続けた。「しかしジリア様は、完全にはお治りにならなかったんです。お父様が王になられたとき、ジリア様を王位継承者になさらなかったのは、まだジリア様が完治されていないとお考えになったからです。ある意味、それは正しかったのです。ジリア様はまだ何も思い出せておられませんから」 「もしも──」ジャイナは注意ぶかく言葉を選んで言った。「いとこのタララ王女が生きているとわかったら、ジリア様はよくなるでしょうか?」 ラムクは少し考え、答えた。「そうでしょうね。でも、タララ王女はきっとお亡くなりになったのでしょう。夢みたいなことを望むのはよくありません」 ジャイナは立ち上がった。彼女の足は、まるで怪我などしていなかったかのようだった。彼女の服はすでに乾いており、ラムクが外は夜で寒いからと言ってマントをくれた。扉を出るとき、ジャイナは老婦人の頬にキスをして感謝した。回復の呪文とマントだけではなく、彼女が今までにしてくれた全てのことに対する感謝だった。 屋敷の近くの道は南北に伸びていた。左に行けばカムローンだ。そこにある謎の鍵を握るのは、ジャイナただ一人だった。右へ行けば南のダガーフォール、彼女が20年以上住んでいる町だった。その町の通りにある彼女の店へ戻るのは簡単だったが、少し悩んだあと、彼女は心を決めた。 それほど歩かないうちに、3頭の帝都の紋章のついた馬に引かれた黒い馬車と8頭の騎馬が彼女を追い抜いて行った。前方の森の中の小道に差しかかる前に、彼らは急に馬を止めた。ジャイナは、馬に乗った兵士の一人がストレイル卿の家来のノルブースだと気付いた。馬車の扉が開き、皇帝の大使ストレイル卿その人が降りてきた。彼が、ジャイナと他の女たちを王宮の踊り子として雇った人物だった。 「おまえは!」と、ストレイル卿は不機嫌に言った。「私が雇った娼婦だな? 花祭りの最中にいなくなっただろう? ジャイナ、そうだな?」 「その通りです」ジャイナは苦笑いした。「ただ、私の名前はジャイナではありませんでした」 「そんなことはどうでもいい」と、ストレイル卿は言った。「この南の道で何をしているんだ? 王宮の皆を喜ばせるためにお前に金を払ったんだぞ」 「私がカムローンに戻ったら、喜ばない人がたくさんいますよ」 「どういうことだ」と、ストレイル卿はたずねた。 そして彼女はどういうことか説明し、ストレイル卿は耳を傾けた。 物語(歴史小説) 緑2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/136.html
樹皮と樹液: 根系とナールの生態と文化 免責条項: [編集者は、ここに含まれる見解は著者だけに帰属し、死後に匿名で印刷されてきたものであることを述べておきたい] 序文: 本書の前に、うわさ、迷信、明らかなうそを除いて、根系の巣とナールについて詳説したものはほとんど存在しない。著者はそんなうわさについて熟考し、根系について多くの研究と探検をして直接自然のままの生息環境のナールを観察した後で、ナールの生態と文化、根系の性質、そしてそれらの共生関係を解明する。 根系: 一般に、その中に根と枝葉がある一連の自然の洞窟と岩の構造物とみられていて、事実、根系の坑道は巨大生物の一部なのである。これらの坑道は生物の根のような存在であるだけでなく、いわゆる「根の地下牢」それぞれが大きな全体の小さな一部を表している。すべての木(実際はアイルズにあるほとんどの植物)の根は、すべて直接大きな根系につながっている。 曲がりくねり、方向を変える様々な坑道は過去数千年をかけてゆっくりと作り上げられた。事実、正確に記録しているが、根の生育動作はわずかである。最も成長力が高い坑道で毎月数フィートの割合で伸び、最も成長力が低い坑道では数十年で数インチしか伸びない。 コハク: コハクは固まった樹液からできる色彩豊かな樹脂である。肌の出血と傷を防ぐためのかさぶたに非常に似ており、根系の坑道は樹液を「出血」させ、それが凝固してコハクの堆積物となる。さらに、根の壁は非常に回復力がある; 壁に向かって剣を振り回しても穴もあけられない。コハクの出現と同時にできる大きな亀裂は、大量の岩や土を押しのけるほどの巨大な根がぶつかった重圧と摩擦力の結果である。 ナール: 現状の最も素晴らしい学説では、ナールは根系の管理人や管財人であると述べられている。その生物は、坑道のメンテナンス全般と清掃、余分なコハクの除去を行う。この行為を直接観察してきたが、観察時間はナールの攻撃的な性質のために限定された。しかし、その生物の死体で見つかった豊富なコハクが、この見解をさらに裏付けている。 ナールは最終的に大きくなりすぎて坑道を上手く扱えなくなり、結局壁と融合し、自ら根系の一部となるという主張を裏付ける証拠は、今のところほとんどないが、いくらかの憶測はあった。巨大なナールに関する最近の主張に、確証があり信用できる情報源はないということに留意すべきである。しかし、これらの報告が本当であるとしても、その目撃談がほとんどないということは、ほんの少しのナールだけが大きく成長してこのような根の状態になるということを示しているのだろう。 根系の観察はいくら優秀でも難しいため、ナールの自然な一生や社会的行動についてはほとんど知られていない。我々は彼らにとても強い縄張り意識があるということは確実に分かっている。ナールは自分たちの坑道をとても一生懸命守るので、視界に入るものは誰でも攻撃的な反応を示すだろう。そのことは彼らの社会制度を研究することをほとんど不可能にしている。しかし、この行為によって大量の死体が手に入り、暇な時に研究をしている。 死んだナールの死体を分析すると、これらの生物が完全に植物でできていることが分かる。それらは樹皮と葉に覆われていて、時間がたつと他の植物の残がいと同じように分解する。ナールを「植える」ことや切断して地面に落とすことを試みるものは皆全く愚かであることが分かっている。今日まで、我々は実際にナールがどのようにして繁殖するのか知らない。 試験の結果、他の知覚のある生物に見られる脳のようなものは何も見られなかった。これにより、一種のミツバチの巣の考え方で示されるような共生の管理人理論を信用することができる── 怠けものを制御している「女王ナール」のような目撃証言はないけれども。この著者はこんな具合に難題を解決することは、合理的理論の発展に逆効果であると分かっているが、これらの生物に生気を与えているのは魔術であるという別の可能性を説明している。 結論: 複雑な根は、毎月少しずつ成長する生命体であり、地下に坑道を作る。事実上、アイルズの植物はすべてこの根系につながっている。その系の壁に対する深刻な外傷は、自然の防衛機能の一部としてコハクの堆積物の形成につながる。根系はナールと共生関係にあり、ナールは保護者や管理人としての役目を果たし、系統発生的、生理学的に根系自身とつながっている。要するに、我々には生物系があり、保護者や管理人のような熱心な者がいれば、大部分は我々の足の下で気付かれずに成長し発展していくということだ。 [ここで編集者は、著者が「根の地下牢」の1つへの入口近くで死んでいるのが見つかったことを認めたい。我々はもう一度読者にこの著者の述べている意見が彼自身のものであることを思い出してもらいたい。我々は著者の研究で彼が用いた合理的手法を退けはしないが、シェオゴラス閣下の多くの驚くべき祝福を十分に説明するのが魔法であるというのは確実に否定しない。しかし、この明らかに背信的な後半部分を削除することは慎重に検討した。我々はジャーナリストとしての誠実さと彼の寛大な未亡人の求めに応じて、それを含めることを決定した] 後書き: そして今、私は異端(たぶんある日が私の最後になると思う)に引き寄せるようなその理論的検討に向かって進んでいるが、良かれ悪しかれ私は進まなければならない。 我らがシェオゴラス閣下が我々の土地にマニアとディメンシアという2つの性質を授けてくれたというのが通説である。しかし、多くの研究と思考の後、我々にこれらの2つの正反対の極性の領域を押しつけるのは、まさに王国そのものだと私は思う! 私は巧妙な実験を考案し、それによりこの理論を証明しようとする。もしあなたが共生の植物から花を摘んだならば、それを切って茎を染料を入れた水につける。花びらがゆっくりと染料の色に変わることに気付くだろう。明らかに、植物の葉脈は葉まで色を運んで行く。 土地のディメンシア側を見ていると、色がなくなって暗くなり、マニア側では明るく色彩豊かになってくる。根系とそれに仕えるナールはディメンシアの土地から色を抜いて、マニアの土地に色を移しているのだと思う! 何の目的のためかは明らかではないが、私の実験はどれだけの色が植物の葉脈を通して移るのか、そして巨大な根系の坑道ネットワークよりどれだけ大きな植物の葉脈の系があるのかを示している。この系がマニアとディメンシアのエネルギーの導管だというのは明らかではないだろうか? 我々は根系につながっている植物や木の果実、それらを餌にする獣を食べないだろうか、そしてそれらの葉から落ちる水を飲まないだろうか?我々はそれらの胞子や種を運ぶ空気を吸わないだろうか?我々が地面に投げ捨てた廃棄物は土に吸収されないだろうか?こうやって我々はすぐには足元の巨大な根系につながれていないだろうか?間違いなく、我々はつながっている! 明らかに、根系はマニアにいる我々に鮮やかな色を与えて、気分を変動させ、我々の心を情熱と興奮で満たす、そしてディメンシアにいる敵からこれらを盗み強い衝動を与え、彼らを暗く、絶望的で、怒りに満ちて、暴力的で、動揺しているようにさせるのだ! シェオゴラスは我々の「贈り物」の源ではない。我々をそんな風に不安定にさせたのは土地そのものだ! ナールはこの寄生の過程の召使いであり動力源でもある。 もし我々がナールをすべて殺してしまえたら、均衡が戻るだろう! まさにマニアは鮮やかでなくなるだろうが、そうであればディメンシアは暗くなくなるだろう。 我々と我々の世界は再び一体となるだろう! シェオゴラスの集める空想を信じるのはやめよう! 自分の特別な「贈り物」を信じるのはやめよう! 我々はナールと根系を破壊しなければならない! 我々は我々を縛って傲慢で高飛車な支配者を信じさせる者、我々の感情や幸せをもて遊ぶ者を破壊しなければならない! 権力、兄弟、姉妹に捧げる! 権力に捧げる! SI 生物学 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/22.html
九大神教団の十戒 聖アレッシアの代祷によって、人は神の恵みや、そこから得られる力や知恵で満たされることだろう。その結果、これらの教えから九大神教団とその栄光の真の意味に至ることもできよう。九大神の知恵が大空というインクで、大海原という羊皮紙に記されているとしたら、多岐にわたる真理と美徳の機微のすべてを人の心に伝えることはきわめて難しい。それでもアカトシュは、人というものがせっかちで、悟りまでの苦しい道のりを嫌うとわかっていたため、その知恵において、力強い明確さと簡潔な定義でもってこれらの単純な十の訓戒をはっきりと書き記すことをお許しになられている。 一の戒:ステンダールいわく、優しさと寛大さをもってタムリエルの人々に接すること。弱者を守り、病人を癒し、貧民に施すこと。 二の戒:アーケイいわく、生と死を分け隔てることなく、大地、生物、精霊を敬うこと。この世の恵みを保護し、慈しむこと。また、死者の魂を冒涜しないこと。 三の戒:マーラいわく、まじめに穏やかに暮らすこと。両親を尊敬し、家庭や家族の平和と安息をいつも心がけること。 四の戒:ゼニタールいわく、懸命に働くものは報われ、賢くお金を使えば心が救われるだろう。盗まなければ、罰せられないだろう。 五の戒:タロスいわく、戦いに備えて強くなること。敵や悪にもひるむことなく、タムリエルの民を守ること。 六の戒:キナレスいわく、母なる自然の恵みを賢く使うこと。自然の力を敬い、自然の怒りを恐れること。 七の戒:ディベラいわく、美や愛の神秘に心を開くこと。友情という宝を大切にすること。謎めいた愛のなりかたちに喜びや創造力を見いだすこと。 八の戒:ジュリアノスいわく、真実を知ること。法を守ること。疑念があれば賢者の知恵を借りること。 九の戒:アカトシュいわく、皇帝に奉仕し、従うこと。誓約を学ぶこと。九大神を崇拝し、務めを果たし、聖人や僧侶の言うことを聞くこと。 十の戒:九大神いわく、何にもまして、お互いに優しくすること。 おのおのがこの十戒という鏡をのぞきこみ、そこに天の恵みが映って見えたのなら、これらの訓戒を忠実に守っていれさえすれば、人は悲しみ、悔い改め、慎み深くなるだろう。従順なものが九大神の祭壇を訪れれば祝福され、九大神の慰みや癒しを授けられ、さまざまな慈悲に感謝の意を表することだろう。 聞き分けのない不道徳なものは、顔を背け、全知全能の九大神より授けられる純粋な知恵をないがしろにし、罪過と無知に満ちあふれた毎日を過ごす。犯した罪の耐えがたい重荷を背負い、人にも神にも邪念を見とがめられ、九大神の祭壇や神殿を訪れても祝福や安息を与えられることはないだろう。 それでも、悪人や愚者が救われないわけではない。どこまでも慈悲深い九大神はこう言っている。「悔い改め、善行を積むのだ。さすれば、恵みの噴水のしぶきはまたおまえにも降りそそぐことだろう」 罪を悔い改めよ。過料として皇帝に金銭を納めるがいい。信仰とその恵みを人々にあまねく伝えるために使われよう。 善行をするがいい。輝かしい徳を積み、汚名をそそぐがいい。正義漢としての名声を世の中や九大神に知らしめるがいい。そのときこそ、聖堂の祭壇や祠に歩を進めれば、九大神の慰みと恵みを授かることができよう。 九大神の騎士関連 白1 神話・宗教
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/25.html
魂 その黒きや白き 魂の本質は知りえないものだ。知ろうと試みたウィザードはすべて跡形もなく姿を消している。知り得るのは、魂が収穫可能な神秘的エネルギーの源だということだ。 生きていようと死んでいようと、生物というものはすべて魂に力を得ている。それがなければ、単なる肉の塊と骨の山に過ぎない。生命を吹き込むこの力は、それに見合う容量を持つ魂石があれば、その中に収められる。魂石に収めた力は魔法のアイテムに力を与える際に使うことができる。 何世紀にも渡って行われてきた実験により、魂には黒い魂と白い魂があることが立証されている。希少な黒魂石だけが、人間やエルフなどの高等生物の魂をとどめておくことができる。下等な生物の魂は様々な色の魂石に収め得るが、それらを総称して白魂石と分類されている。黒と白という魂の区別の由来はそこにある。 白い魂は黒い魂ほど協力ではないが、遥かに安全である。神秘を学ぶ初心者は、決して軽い気持ちで黒い魂あるいは黒魂石に手を出してはならない。仮に、黒魂石に力を与えるために使われる死霊術師の技術に対するギルドの制限を無視して考えてみても、それらを長く扱うことは使用者にとって危険である。収めようとする魂の大きさと魂石が正確に合っていない場合、手を触れた時に使用者の魂がわずかに石の中へ漏れ入ることがある。 茶2 魔法学・薬学 魔術師ギルド関連
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/235.html
「物乞い」 レヴェン 著 エスラフ・エロルは豊かなノルドの王国、エロルガードの女王ラフィルコパと王者イッルアフのあいだに生まれた5人の子供たちの最後の子であった。妊娠中、女王は身長の2倍もの幅があり、分娩には開始から3ヶ月と6日間かかった。エスラフを押し出した後、彼女は顔をしかめ、「ああ、清々した」と言って亡くなったのは、なんとなく理解できる。 多くのノルド同様、イッルアフは妻のことはあまり気にかけてはいなかったし、子供たちはそれ以下であった。よって、彼がアトモラの古の伝統に従い、愛する配偶者の後を追うと宣言した時、家臣たちは戸惑った。彼らはこの2人がとりわけ愛し合っていたとも思っていなかったし、まずそのような伝統が存在していたことを知らなかった。それでも、北スカイリムの辺境、特に冬期は、退屈が一般的な問題であり、庶民たちはこの退屈を和らげてくれた、王家のちょっとした、それでいて劇的な出来事に感謝した。 彼は王室に仕えるもの全員と、太り、うるさい彼の5人の小さな相続人たちを前に集め、財産を分け与えた。息子イノップには彼の称号を、息子ラエルヌには彼の土地を、息子スオイバッドには彼の富を、娘ライスィフィトラには彼の軍隊をそれぞれ与えた。イッルアフの相談役たちは、王国のためにも遺産をすべてまとめておくことを提案したが、イッルアフは相談役の人々のことを、ついでに言えば王国のことさえもそれほど大切には思ってはいなかった。公表を終え、彼はダガーで喉を引き裂いた。 かなり内気な看護人の1人は、王の生命が徐々に消え行く中、ようやく話しかける決心がついた。「殿下、5人子、エスラフ様のことをお忘れですが」 イッルアフはうめき声をあげた。血が喉から吹き上げる最中、集中するのはいささか難しい。王者はむなしく何か遺贈できるものはないか考えたが、何も残っていなかった。 彼は口から血を飛ばし、いらつきながら言った。「では、エスラフも何か選べばよかったではないか」そして、亡くなった。 生まれて数日の赤ん坊が、彼の正当な遺産を要求することを期待されているのは、間違いなく不公平である。 誰も彼を引き取らないので、内気な看護人、デゥルスバが赤ん坊を家へと連れて行った。それは老朽化した小さな小屋で、その後の数年間で、さらに老朽化していった。仕事が見つからず、デゥルスバは家財道具をすべて売り払い、エスラフのための食べ物を買った。彼が歩き、喋れる歳になったころには、彼女は壁や天井も売ってしまっていたので、家と呼べるものは床しかなかった。もし、あなたがスカイリムへ行ったことがあるのであれば、その状況がどれだけ不十分かを理解してもらえるであろう。 デゥルスバはエスラフに、彼が生まれたときの話も、彼の兄弟が遺産でかなり良い生活をしている話もしていない。前にも述べたように、彼女は内気であり、その話題を切り出すことを難しく感じていた。彼女がどれほど内気なのかの証拠に、彼がどこから来たのかに関して少しでも質問すると、デゥルスバは走って逃げてしまうのである。実際それが、逃げることが彼女のすべてに対する答えなのである。 とにかく、彼女と話をするために、エスラフは歩くことを覚えるとほぼ同時に走ることを覚えた。最初は義理の母についていけなかったが、時と共に、早く短い短距離走を予測した場合は、つま先を主に使って走り、デゥルスバが長距離走に旅立ちそうなときは、競歩のようにかかとを主に使って走ることを学んだ。彼女からは必要な答えのすべてを得られなかったが、走ることだけはしっかりと覚えた。 エスラフが成長していた数年間で、エロルガード王国は残酷な場所になっていた。王者イノップには公庫がなかった。富はすべてスオイバッドが引き継いだのである、王者には土地からの収入がなかった。土地はラエルヌが引き継いだのである、王者には民を保護する軍がなかった。ライスィフィトラが軍を引き継いだのである。さらに、彼は子供であったため、王国のすべての決定は、予想以上に腐敗した評議会を通っていた。王国は、搾取的に税が高い国となり、犯罪は頻発し、近隣国から定期的に侵略を受けていた。タムリエルの王国として特に異例の状況とは言えないが、とはいえ嫌な状況ではあった。 ついに収税官がデゥルスバのあばら家にきて、この家の状況から徴収できる唯一のもの、床を持っていってしまった。抗議するよりも、この可哀想で内気な女性は走り去ってしまい、エスラフは2度と彼女の姿を見ることはなかった。 家もなく、母もおらず、エスラフはどうしたらよいのか分からなかった。寒さにはデゥルスバの家で慣れていたが、彼は空腹であった。 「肉を一切れくれませんか?」彼は街路を少し下ったところにいるブッチャーに聞いてみた。「すごくお腹が空いてます」 この男は少年のことを何年も前から知っていて、しばしば妻に、この子が天井も壁もない家で暮らしていることをどれだけ気の毒に思っているかを話していた。男はエスラフに微笑みかけ、「どこか他へ行け、さもなくば叩くぞ」と言った。 エスラフは急いでブッチャーの下を去り、近くの酒場へ向かった。酒場の主人はかつて王者の宮廷で従者をしており、この少年が本来ならば王子であることを知っていた。この可哀想な少年が街路を歩く姿を何度も見ており、その都度、運命の残酷さにため息をついた。 「何か食べるものをくれませんか?」と、エスラフは酒場の主人に聞いた。「すごくお腹が空いてます」 「俺がおまえを料理して食っちまわないで、良かったな」と、酒場の主人は答えた。 エスラフは急いで酒場を後にした。その後、一日中、少年はエロルガードの善良な民に食べ物を乞うた。一人だけ、彼に何かを投げてくれたが、それは食べられない石であった。 夜が迫ったとき、ぼろぼろの服を着た男がエスラフに近づき、何も言わずに果物と干し肉を手渡した。少年は受け取り、目を見開き、むさぼり食いながら男に愛想よく感謝した。 「もし明日、おまえが街路で物乞いをしている姿を見かけたら……」男はうなった。「おまえを殺してやる。ギルドが1つの街に許可する物乞いの数は決まっている。おまえは、丁度その枠から溢れる。商売あがったりだ」 エスラフ・エロルは走り方を学んでおいて幸運であった。彼は一晩中走った。 エスラフ・エロルの物語は「盗賊」という本に続く。 物語(歴史小説) 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/234.html
狼の女王の伝記 カタール・エリファネス 著 歴史的な人物の中で紛れもなく極悪人だとされる者はわずかしかいないが、ポテマ、いわゆるソリチュードの狼の女王には、その不名誉を受ける資格が確実にある。第三紀67年に皇室に生まれたポテマは、誕生してすぐ、心優しい人として知られていた祖父の皇帝ユリエル・セプティム二世にその姿を披露されたのだが、きつい目つきでしかめっ面をしている赤ん坊を見た皇帝は「まるで今にも飛びかかろうとしている雌狼だ」と、つぶやいたとされる。 帝都でのポテマの少女時代は、間違いなく、初めから困難に満ちていた。父ペラギウス・セプティム王子と母キザラは、子どもたちにほとんど愛情を示さなかったからだ。兄アンティオカスはポテマが生まれた時には16歳になっていて、すでに大酒飲みの女たらしとして帝都では悪名高い存在だった。彼女の弟となるセフォラスとマグナスが生まれるのはずっと後のことだったから、しばらくはポテマが帝都の宮廷における唯一の子どもだった。 14歳になる頃にはポテマは美人としてその名を知られ、求婚者も多くいたのだが、ノルドのソリチュード王国のマンティアルコ王と結婚した。嫁いだときにはいわばチェスのポーンだった彼女が、あっという間にクイーンに変わったと人は噂した。初老のマンティアルコ王は彼女を愛し、彼女が望む権力、全権力を委ねるようになったからだ。 翌年、ユリエル・セプティム二世が亡くなると、ポテマの父が皇帝の座に就いたのだが、前皇帝のやりくりがずさんであったため、その時には既に資金が大きく枯渇していた。ペラギウス二世は元老院を一旦解散し、復職を望む者には議員職を買い戻すことを強制した。第三紀97年、何度もの流産の後、ソリチュード王国の女王は息子を出産し、祖父にちなんでユリエルと名づけた。マンティアルコがすぐにユリエルを世継ぎに定めたが、女王は息子のためにもっと大きな野望を持っていた。 二年後にペラギウス二世が亡くなり── 復讐心に燃える元議員によって毒を盛られたのだろうとする見方が多い──、その息子でポテマの兄であるアンティオカスが皇位に就いた。彼はまだ48歳であり、野性的なその種がそのうちどこかで芽を出すだろうと人々が噂していたとしてもおかしくない。歴史書に記された彼の治世の宮廷内における生活の描写は、ほとんどポルノ的でさえある。ポテマは、姦淫に対してではなく、権力の行方を危ぶんで、帝都を訪れるたびに憤慨していた。 ソリチュード王マンティアルコはペラギウス二世が逝去した翌春に亡くなった。ユリエルが王位を継承し、母と連帯して国を治めた。むろん、ユリエルには一人で国を支配する権利があるし、そうしたかっただろうと思われるが、この地位は一時的なものでしかないとポテマが説得したのだった。単に王国を一つ手に入れるのではなく、帝都そのものを手に入れてしかるべきだと話したのだ。スカイリム内の他の王国からソリチュードの城を訪問する多数の外交団を歓待しながら、ポテマは不平の種を彼らにも植えつけようとした。長年の間に彼女が迎えた来賓の名簿はどんどん厚くなり、ハイ・ロックとモロウウィンドの王や女王たちの名前もその中には含まれていた。 アンティオカスは13年間に渡ってタムリエルを治め、道徳面でのだらしなさにもかかわらず、指導者としては有能であることを証明してみせた。ポテマが呪文をかけて兄の命を奪ったと記している歴史家も何人かいるが、その証明の手がかりはすべて時の流れの中で失われている。いずれにせよ、彼女と息子のユリエルはアンティオカスが亡くなった第三紀112年に帝都の宮廷を訪れ、アンティオカスの娘であり後継者に指名されたキンタイラの即位に対して即座に異議申し立てをした。 ポテマが元老院に対して行った演説は、弁論術を学ぶ学生たちにとっては大いに参考になるに違いない。 彼女はまず、追従と卑下から話を始めた。「我が友人であり、この上ない威厳と見識を兼ね備えておられる元老院議員の皆さま、一地方の女王に過ぎない私ではございますが、皆さまがすでに思案されているであろう問題をあえてここに持ち出さずにいられません」 さらに彼女は、欠点をものともせず愛される支配者であった亡き皇帝を褒め称えてみせた。「真のセプティム家の男として、また偉大なる戦士として、兄は ――皆さま方のご助言を得て―― 無敵とされた隣国ピアンドニアの大軍も掃討しました」 しかしほとんど時間を無駄にすることなく、彼女は肝心な点へと話を進めた。「残念ながらマグナ女帝は、我が兄の好色な気質を満たす手立てを何も取りませんでした。実の話、帝都のスラム街にいる娼婦の誰よりも数多くのベッドに横たわった経験を女帝はお持ちなのですが。もしも宮廷内の寝室でのお勤めをもっと誠実にやっておられれば、皇帝には本当の後継者ができていたはずです。我こそは皇帝の子だと言い張る、あの頭の弱い、腰抜けの畜生みたいな連中ではなく、本当の後継者がです。キンタイラとかいう娘はマグナと衛兵隊長との間にできた子だと広く信じられております。あるいは溜め池の掃除係の青年とマグナの子かもしれませんわね。確かなことは分かりません。我が息子ユリエルほど血統が明確な子は他にいないのです。ユリエルこそがセプティム王朝の末えいです」 ポテマが雄弁を振るったにもかかわらず、元老院はキンタイラが皇位を継承し、女帝キンタイラ二世となることを認めた。ポテマとユリエルは憤慨してスカイリムに戻り、反乱軍の結集に取りかかった。 レッド・ダイヤモンドの戦いについては他の歴史物語に詳細が綴られている。第三紀114年に女帝キンタイラ二世がハイ・ロックで捕らえられて処刑されたことについてここで詳述すべきではないだろうし、その7年後、ポテマの息子ユリエル三世が皇帝に即位したことについても同様だろう。ポテマの兄弟でまだ生き残っていたセフォラスとマグナスは、帝都およびポテマを相手に長い戦いを挑み続け、内戦によって帝都の平穏はかき乱された。 第三紀127年、ユリエル三世がハンマーフェルにおけるイキダグの戦いで叔父セフォラスに挑んでいた時、ポテマは、自分にとってはもう一人の弟であり、ユリエルにとってはやはり叔父であるマグナスと、スカイリムでファルコンスターの戦いを繰り広げていた。最も手薄になっていたマグナスの側面からポテマが攻撃を仕掛けようとしていたその時、息子が敗北して捕らえられたという知らせが届けられた。61歳になっていた狼の女王は激怒して駆けつけ、自ら率いて猛攻撃をかけた。これは成功し、マグナスとその軍は退却した。その勝利を祝福しているさなか、息子である皇帝が、帝都で裁判にもかけられないうちに怒り狂った群集によって殺されてしまったという知らせがポテマの耳に入った。ユリエルは乗せられていた馬車ごと燃やされて死んだのだった。 セフォラスが皇帝即位を宣言すると、ポテマの憤激は手がつけられないほどになった。デイドラを召喚して戦わせ、死んだ敵を死霊術師に蘇らせてアンデッドの戦士としながら、セフォラス一世の皇帝軍に執ように挑みかかった。彼女の乱心が膨れあがるに従って同盟者たちは離れて行き、しまいには、長年に渡って招集したゾンビとスケルトンのみが唯一の友軍となった。ソリチュード王国は死者の国となった。腐りかけたスケルトンの侍女に身の回りの世話をしてもらい、吸血鬼の将軍たちと一緒になって戦争計画を練る年老いた狼の女王の姿に、臣下の者たちは身震いした。 第三紀137年、1ヶ月に渡って城を包囲攻撃された後、ポテマは亡くなった。90歳だった。生存中の彼女は、ソリチュードの狼の女王であり、ペラギウス二世の娘であり、マンティアルコ王の妻であり、キンタイラ女帝二世の叔母であり、ユリエル皇帝二世の母であり、そしてアンティオカス皇帝とセフォラス皇帝の姉だった。彼女の死から3年後、セフォラスが亡くなり、彼の── そしてポテマの── 弟であるマグナスが即位した。 死によってもポテマの悪名が薄らぐことはほとんどなかった。直接的な証拠はほとんどないが、彼女のスピリットがあまりにも強力であったため、その死後はデイドラとなり、生者たちを狂った野望と裏切り行為へと駆り立て続けていると主張する神学者たちもいる。また、彼女の乱心があまりにも強く注ぎ込まれたため、城を次に支配した王にも乱心が感染したとも言われている。皮肉なことにその王というのは、当時18歳だった彼女の甥ペラギウス、つまりマグナスの息子だった。伝説の信ぴょう性については何とも言えないが、皇帝ペラギウス三世の称号を受けるために第三紀145年にソリチュードを離れたペラギウスが、ほどなく狂帝ペラギウスとして知られるようになったことは紛れもない事実である。父マグナスを殺害したのは彼だという噂も広く行き渡っている。 狼の女王も草葉の陰でそれを聞いて、大いに笑ったことだろう。 歴史・伝記 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/101.html
ペリナルの歌 第3巻:その敵 [編者注:1巻から6巻に収められた文章は、帝都図書館所蔵のいわゆるレマン文書から採られたものである。この文書は、第二紀初期に無名の研究者によって集められたもので、古代文書の断章の写しからなる。古代文書のそもそもの出所は不明であり、いくつかの断章は同時期に書かれた(同じ文書からの断章という可能性もある)ものと考えられている。しかし、6つの断章の成立時期に関する学術的な合意は得られておらず、ここでもその断定は避ける。] ペリナル・ホワイトストレークは当時のシロドに住む全てのエルフの敵であった。しかし、彼はアイレイドの妖術師の王たちを、戦争ではなく、主に彼自身が決闘をして倒していた。反乱はパラヴォニアの軍隊と彼が甥と呼んだ雄牛モーリアウスに任せていた。ペリナルは銅と茶のハロミアをトールでの決闘に呼び出し、彼の頚動脈を噛み切ってレマンを称える雄たけびを上げた。レマンという名は、当時誰にも知られていなかった。シェイパーのゴルドハウアーの首は山羊の顔を模したニネンダーヴァの祭壇に落とされ、ウェルキンドの魔力によって悪が蘇らないよう、ペリナルは賢明にも呪文によって彼らを封印した。その同じ季節のうちに、ペリナルはセヤ・タールの御影石の階段でハドフールを倒した。火の玉の槍兵が初めて破られた戦いであった。その当時、アイレイドの武器でペリナルの防具を貫けるものは何一つ無かった。ペリナルはその防具が人間の作ったものでないことは認めても、それ以上のことはどんなに請われても語らなかった。ペリナルが初めて憤怒に我を忘れたのは、彼が農奴から重装歩兵にまで育てあげ、非常にかわいがっていたフーナが、シンガーのセレスレルのくちばしから作られた矢じりで殺されたときであった。彼はナルレミーからセレディールまで全てのものを破壊しながら進み、これらの土地をエルフと人間の地図の上から消してしまった。ペリフは神々にいけにえを捧げ、この行いに怒って地上を去らないよう祈らなければならなかった。そして、その後、白金の強襲が起こった。アイレイドたちがメリディアのオーロランたちと協定を結んで彼らを呼び出し、金色の半エルフ、羽を失いしウマリルを彼らの味方の闘士にしたのである。そして、地上に現れて初めて、ペリナルは決闘に呼び出される側になった。アダの血をひくウマリルは不死身であり、恐れを知らなかった。 歴史・伝記 赤1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/182.html
火中に舞う 第1章 ウォーヒン・ジャース 著 場所:帝都 シロディール 日付:第三紀397年 10月7日 正に宮殿と呼べるような建物に、アトリウス建設会社は入っていた。ここは帝都内のほとんどすべての建設事業に対し、建設や公証を行う、事務手続きと不動産管理の会社だった。宮殿の広場は質素で、豪奢な飾りつけなどはされていなかったが、この建物はマグナス皇帝の時代から250年間立っていて、飾りが質素で荘厳な広間と豪華な広場を構えていた。そこでは精力と野望に満ち溢れた中流階級の若い男女が働いていた。デクマス・スコッティのように、安穏と働く中年もいた。誰もこの会社がない世界など想像していなかった。スコッティもまた例外ではなった。正確には、彼は自分がこの会社にいない世界など想像していなかった。 「アトリウス卿は君の働きぶりにいたく感銘を受けているよ」と主任は後ろ手でスコッティの職場へと通じる扉を閉めながら言った。「しかし、世間の物事はだな、なんとも難しいものなのだよ」 「はい」スコッティは堅い表情で答えた。 「ヴァネック卿の遣いが近頃我々にハッパをかけてきておるし、我が社もこの先を生き抜くためにはもっと効率を上げなければならない。実に悲しいことだが、過去素晴らしい働きぶりを見せたとしても、現在が業績不振であれば、年配の働き手といえども解雇せざるをえないのだよ」 「わかります。仕方ありません」 「わかってもらえて良かったよ」と主任は笑顔になったが、その笑いはすぐに消えさり、「それでは早急に君の机をかたづけてくれ」と言った。 スコッティは後任者に明け渡すため机回りの整理を始めた。おそらく次の後任者は若いイムブラリウスという男であろう。そうしなければならなかったのだろうと彼は哲学的に考えた。その若者は、仕事をつかむ術を知っているのだ。スコッティは、イムブラリウスが神殿から委託された聖アレッシア像建設の契約をどうするつもりなのかといぶかっていた。「きっと彼なら、仕事上の架空のミスを作り出し、前任者である私に罪をおしつけ、修正費用をせしめることさえやりかねないだろうな」 スコッティがその声の主を見ると、丸々とした顔の配達人が事務所の中へと入ってきて、封のされた1巻の巻物を渡してきた。彼は配達人にチップを渡し、早速広げてみた。乱暴な筆跡と書き損じとひどい文法と誤字で、この手紙の主がすぐにわかった。リオデス・ジュラスだ。彼も数年前は同じ職場の友であったが、この会社の道義に反した慣例に嫌気がさし、去っていったのだった。 ── 『スクッティへ 俺に一体全体、何が怒ったかと思ってるだろ。そして俺が今一体どこにいるのかと思ってるはずだ。森の中だと? まあ、実はその通りだ。ハハッ。おまえが頭のキレるヤツで、アトリウス卿のために、えらい稼ぎたいなら(もちろん自分の分もだ、ハハッ)、ここ、ヴァリーニウッドに恋。世の流れにツイてってる、ツイてってなくても、ボッシュマーとその隣のエルスワーの愛だで2年も続いた戦があったことは知ってるだろうか? 昨今ようやく落ち着きを取り戻して、各地で再建が始まったのさ。 今、抱えきれないほどの仕事の波が着ている。手助けしてくれそうなヤツを探してる。筆が進む優秀な代理店がいないかと考えていたら、友よ、おまえさんが頭に浮かんだんだ。ヴァリーニウッドのファリンネスティにあるマザー・パスコスの酒場で遭おう。オレは2週間いる予定だ。悪い酔うにはしない。 ジュラスより 追伸:ついでに、木材を煮馬車1台分もってきてくれないか。』 ── 「何を持ってらっしゃるんですか?」と、尋ねる声がした。 スコッティはその声に驚いた。声の主はイムブラリウスだった。彼はドア越しにやたらハンサムな顔を覗かせ、手厳しい顧客やがさつな石工屋の心さえも溶かしそうなとびきりの笑顔を浮かべていた。スコッティはあわてて手紙を上着のポケットへとねじ込んだ。 「私的な手紙だよ」と、スコッティはあしらった。「すぐにここを片付けるから待ってくれ」 「そんなに急がなくてもいいじゃありませんか」と言いながら、イムブラリウスはスコッティの机の上にあった何も書いていない契約書をつかみとり、「私に任せてください。若い書記の字なんか、まったくひどくて読めやしませんからね。あなたが心配することは何もないですよ」 イムブラリウスはそういい残し、去っていった。スコッティはもう一度手紙を取り出して読んだ。彼は自分の人生について考えた。普段の彼ならまったくしないことだが。今のスコッティの視界は、漠然と切り立つ黒い壁に阻まれた、灰色の海のようであった。その切り立つ黒い壁を抜けるのには、たった1本の細い道筋しかない。彼は考えが変わる前に、急いで「皇帝御用達アトリウス建設会社」と書かれ金箔をあしらわれた未記入の契約書を何枚かつかみ、かばんに私物と一緒に放り込んだ。 翌日、彼はなんの躊躇もせず、目が眩むような冒険へと旅立った。その週に帝都を出発して南東に向かう1人引きのキャラバンに、ヴァレンウッドまでの席を1人分用意してもらった。ほとんど荷造りをする時間はなかったが、馬車1台分の木材を用意することは忘れなかった。 「その木材用の馬は追加料金ですよ」と、キャラバンの護衛長は顔をしかめながら言った。 「もちろん」と、スコッティはイムブラリウスのようなとびきりの笑顔をつくってみせた。 十台の荷馬車は午後にシロディールを出発し、見慣れた風景は徐々に小さくなっていった。野生の花々が咲き誇る草地を過ぎ、森や小さな村を穏やかな調子で過ぎていく。石道に当たる馬のひづめの音を聞いていると、確かこの道はアトリウス建設会社が建設した道だったなと思い出した。この石道が完成するまでに18もの契約書が必要であったが、そのうち5つはスコッティが作成したものであった。 「そんなふうにして木材を運ぶとは、賢いお方ですな」と灰色のひげをたくわえたブレトンの男が話しかけてきた。「かなりの商売人ですね」 「そんなところです」と、スコッティはためらいながらも答えた。「どうも、私、デクマス・スコッティといいます」 「グルィフ・マロンです」と、男は答えた。「私は詩人なんですが、今は古代ボズマー文学の翻訳もやっておりまして。2年前に発見されたムノリアダ・プレイ・バーの小冊子の研究をしているのですが、ちょうど戦が始まり、私も避難せざるをえなかったもんですから。ムノリアダはご存じかと思いますが、“緑の約束”という作品を耳にされたことがありますかな……」 スコッティは彼の話す内容をまったく理解できなかったが、ただうなずいていた。 「普通に考えれば、ムノリアダがメー・アイレイディオンと同じくらい有名だとか、ダンサー・ゴルと同じくらい時代を感じてしまうとまでは申しません。ただ彼の作品は、ボズマーの心情の本質を理解するにはもっとも意義のあるものなのです。本来、ウッドエルフは木を切ったり、植物を食べるのを嫌いますが、逆に異文化から植物全般を積極的に輸入している。このことはムノリアダのある一節と深く結びついていると思うのです」そう言うと、マロンはその一節とやらを探して自分の荷物をごそごそと探り始めた。 今夜の宿営地に馬車が止まり、スコッティはようやく開放された。そこは高い崖の上で、下には灰色の小河が流れ、ヴァレンウッドの広大な谷が広がっていた。海鳥の声が聞こえてきた。西の入り江に海があるようだった。ここの木々は背丈もあり、また幹も太かった。ねじれながら伸びていて、遥か昔から筋くれだっているようで、ちょっとやそっとでは切り倒せそうになかった。一番下の枝までの高さが50フィートぐらいの木が宿営地のそばの崖に何本か生えていた。このような風景はスコッティにとって見慣れないものであり、こんな荒野に入っていくことに不安を覚え、なかなか眠れそうになかった。 幸いにもマロンは、古代文化の難題を語り合える別の同胞を見つけたようだった。夜も更けこんできたころ、マロンがボズマーの詩を原文と自分の翻訳したものと併せて朗読していた。すすり声をあげたり、うめき声を出したり、小声にしてみたりとその場ごとに合わせて声色を変えていた。次第にスコッティは眠気に襲われ、ウトウトしていたところに突然、木々の激しく折れる音がした。彼の目は一気に覚めた。 「あれはなんです?」 マロンは笑顔で答えた。「ここは僕の好きな一節だ、『月ない月夜に悪が集う、火中の舞い……』」 「木の上にものすごく大きな鳥がいるみたいです」と、スコッティは小声で言いながら、頭上で動く真っ暗な物体を指差した。 「あれなら心配ご無用」と、マロンは言ったが、聴衆に邪魔されて不機嫌そうだった。「それよりも、ハルマ・モラの第4巻18節の祈祷文を、詩人がいかにして読み解いたかを聞いていただきたい」 木々にひそむその暗い影は、止まり木に止まる鳥のようなもの、ヘビのように這うもの、人間のように直立するものなど様々だった。マロンは詩を朗読し始めたが、スコッティはそのもの達が静かに枝から枝へと飛び移り、翼もなしに信じられない距離を飛ぶのを見ていた。それらは何組かに分かれ、宿営地を囲むように周りの木々へと再び散らばった。そして、突如として急降下してきたのである。 「おい!」と、スコッティは叫んだ。「雨みたいに落ちて来るぞ!」 「おおかた種子のさやでしょう」と、マロンは顔を上げずに肩をすくめてみせた。「このあたりには変わった性質の木があって……」 突然宿営地は混沌の世界へと変わり果てた。荷馬車には火がつき、馬は暴れ回り、真水や酒がそこらじゅうに流れ出した。スコッティとマロンのそばを1つの影がすばやく通りすぎ、穀物と金が入った袋を、驚くほど機敏かつ優雅な動きでかっさらっていった。スコッティだけがその姿を捉えた。すぐそばで炎があがり、その明かりに照らされたのはつやつやと光る生き物で、尖った耳、横長の黄色い目、まだら模様の毛皮、鞭のような尻尾をしていた。 「人狼だ」と言って、スコッティはすすり泣きながら体を縮めた。 「いや、キャセイ・ラートだ」マロンはうめくように言った。「人狼よりさらにタチが悪い。カジートのいとこかそんなようなものだ。略奪に来たのだ」 「なんてこった!」 襲撃も早ければ、退去するのも早かった。キャラバンの護衛としてついていた魔闘士や騎士たちが敵を確認する前にはもう、崖から飛び降りていた。マロンとスコッティは絶壁近くまで駆け寄ると、100フィートも下で水から飛び出し、体についた水を振り切ると森の中へと消えていく小さい姿が見えた。 「人狼はこんなに俊敏じゃない」と、マロンは言った。「絶対にキャセイ・ラートだ。恐ろしい盗賊たちです。ステンダール神の御加護のお陰で、このノートを奪われずにすみました。助かった」 物語(歴史小説) 赤1